2016-05-12

『儚い羊たちの祝宴』米澤穂信 ★3



ブラックユーモア風味の短篇が5つ。
アニメになってた『氷菓』から読むか迷ったんだけど、最近短篇集に親しいので、その流れで。
内容については物足りない部分もあったけれど、読みやすくて知的好奇心を刺激される文章だった。
今後も何冊か読んでみよっと。

以下、ネタバレ気にせず感想。





  • 身内に不幸がありまして ★3
    動機なんじゃそりゃ~!
    ヘマを許されないお嬢さん(そして上流育ちゆえに、ちょっと世間知らず)だからって、それで人殺しとか、さすがに説得力に欠けるぞ。頭もいいだろうに。
    けどp288の会長の言葉を聞くと、むしろそういう読み方で良かったんじゃないかと思った。
    →「現実味のない話」
     
  • 北の館の罪人 ★4
    曰くつきの館と絵の話。ギミック含め面白かった。
    ひとつ疑念が残ったんだけど、第5話を読んでからは疑念がさらに深まる。
    →「彼女たちは殺されたのか?」
     
  • 山荘秘聞 ★4
    奇妙な動機その2。平和か!
     
  • 玉野五十鈴の誉れ ★3
    五十鈴は自分で言っていた通りp209、忠実な従者だった、という話。
    「赤子泣いても~」の駄洒落オチも好きなんだけど、後半の主人公が苦手。
    自分の弱さを吐露するだけなのが読んでて辛かった。
     
  • 儚い羊たちの晩餐 ★4
    「あなたは実際家だから」と夢想家の仲間入りを断られた鞠絵が、夢想に身を沈め夢想家を殺す。この皮肉な展開が面白かった。
    「羊狩り」なんて、妄想かと思うくらいぶっ飛んだ企みだけど、嘘とも言えないしなあ。

    作中出てくる本や絵は、カニバリズムを想像させるもの。
    『豚』、『二壜のソース』、『爪』、『特別料理』(アミルスタン羊)、『メデューズ号の筏』……

    そして厨娘(ちゅうじょう)。
    これは周囲に権威を示す、ポトラッチみたいなものらしい。
    調べると宋代の女料理人のことで、「当時羊の肉が珍重されていたにも関わらず、頬肉だけとってあとは捨てた」という話が文献に残っている(作中にも出てきた)。
    > 厨娘の料理


    そう、羊……

    羊というと、「両脚羊」(2本足の羊)……

    これまた作中に出てきた『鶏肋編』によれば、すなわち「人肉」。

    靖康の変(1126)の頃、食糧難に陥った人々は人肉を食べた。
    人肉は犬豚より安く、肉付きの良い1枚が1万5千銭で買えた(米1斗が数万銭)。
    やせ衰えた男は饒把火(松明よりマシ)、若く美しい女は不羨羊(羊より美味)、子供は和骨爛(煮れば骨まで食える)、人肉自体は両脚羊と呼ばれた。


    なるほど、厨娘 - 宮廷料理 - 羊肉 - 人肉。
    暗喩でつながる面白さ。

    さらに羊 - か弱いもの - 群れ - 狩場……どんどんイメージは連鎖する。
    これこそまさに「夢想に身を沈めること」であり、「バベルの会」入会の条件だったのだ。

    なるほどかつてのわたしには、バベルの会に入る資格はなかった。そしていまのわたしにはたぶん、それがある。
     しかしそのことを伝える術は、どこにもないように思われた。
    p290
    どこにもないどころか、この後の「羊狩り」で、骨に刻むほど存分に伝えてるけどね!

    舞台さえ整っていれば、厨娘は人前でお嬢さん方を捌いていたのだろうか?
    それもまた、誰かの日記では読めるかもしれない。
     



現実味のない話

そもそも舞台が上流階級のお屋敷で、この時点で浮遊感がある。
そしてP288、「バベルの会」会長の言葉。

「(バベルの会に集まる者は)物語的な膜を通じて現実に向き合うことの方が、多いでしょう。ただの偶然を探偵小説のように味わい、何でもない事故にもl猟奇を見出すのです」

これを踏まえると、1話『身内に不幸がありまして 』が説得力に欠けるのは、当然のことなのかもしれない。
「そんな理由で人殺すかよ~」と思ったけど、それは丹山吹子の夢想のせいで、突飛な物語に仕上がってるだけなのかも。

または夕日の日記が既に改変されてる・全部創作の可能性だってある。
メタミステリによくある、疑っていくときりがない話。
夢・幻想系の書名が並ぶのも、その傾向を強くしてる。


5話『儚い羊たちの晩餐』も、「厨娘はいったい何人殺してんだよ」って突飛な話だけど、鞠絵の日記が事実に基づいたものかどうか、読者にはわからない。

もしかしたら日記は過去の会員による完全創作で、「バベルの会」はただ入会者少なくて解散してただけ、のちに再興しようと女学生がやってきて、「まあ、凝った物語ね。クスッ」とか思いながら日記読んでた、それが5話だった……そんな展開も実際あり得る。
『山荘秘聞』じゃないけど、平和か!


だけど、これのおかげで説得力のなさに言い訳ができちゃうのは、ずるい気がしなくもない。



彼女たちは殺されたのか?

全部読み終わってまず気になったのは、厨娘によって「バベルの会」会員が殺されたと仮定して、各話の登場人物に被害はあったんだろうか?ということ。

彼女たちが同時期の会員か不明なので、結局わからないんだけど、一応拾ってみた。
ナボコフ『ロリータ』の女の子の痕跡みたいに、手がかりが暗示されてたら面白いんだけどなー。

「バベルの会」読書会は毎年8/1~大学の夏休み期間、蓼沼にて。


1話:丹山吹子
毎年7/30に死人が出て、31に断りの連絡。
例年通り、人と一緒に眠るのを避けたなら、羊狩りも回避できてそう。
(途中参加してなければ)


2話:六綱詠子
5話で鞠絵に「ロアルド・ダール『豚』が好きそうだ、去年『二壜のソース』の話をした」と言われているのは彼女のこと?

詠子はあまりの絵をもらったはずなのに、冒頭ではまだ別館に飾られたままのようだ。
(別館に置いたままということは、絵画の色も変化しにくい、犯行が露見しない)

結局あまりの部屋に置いておくことにしたのか、それとも詠子に何かあって、あまりは変わらぬ日々を過ごしている……?
冒頭のおかげで不穏な感情が拭えない。


4話:小栗純香
5月末に伯父の事件。
それから母再婚~弟が一歳になるまで軟禁されているので、羊狩りは回避。

というわけで、個人的には第2話、詠子ちゃんのその後が気になる。


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