2015-07-28

『地獄変』芥川龍之介 ★4

地獄変


短い作品だが、娘を襲ったのは誰なんだ?など、残った謎を考えるのが面白い。
解釈も人によって色々で、ブログや感想を見るのも楽しかった。
あらすじはWikipedia等で


一  大殿について
ニ  良秀と娘 猿が慕うエピソード
三  〃
四  良秀の高慢さ、不気味な言い伝え
五  良秀の子煩悩さ
六  地獄変の屏風を依頼
七  憑かれたように描く良秀
八  〃
九  〃
十  〃
十一 〃
十二 良秀の涙、娘の気鬱
十三 娘、何者かに襲われる
十四 良秀、大殿に申出「描けぬ所がある」
十五 〃  檳榔毛車と中の上﨟が焼かれている所
十六 決行日
十七 〃
十八 〃
十九 〃
二十 その後


翻弄する語り手

事実をけむに巻く。
こうすることで解釈を読者に委ねているそうだ。

  • 大殿に二十年来仕えているので、悪いことを言わない。
  • 憶測の語り
  • こういう噂がある
  • こういう噂があるが、でたらめだろう(打消)

大殿の性格

やることが大胆で、人を超えたところがあると思われていたようだ。

  • 一般人には思いつかない意表のつくことばかりやる
  • 邸は壮大、豪放で始皇帝や煬帝に比べる者もいる
  • そのご威光で霊も恐れをなす、轢かれた老人がありがたいと拝む
  • 橋柱に寵愛する童を立てたこともある

大殿→娘への恋慕はあったのか?

語り手は否定的だが、これだけ「噂があった」「噂があった」と書くのは肯定しているようなものだよなあ。

  • 大殿が娘を贔屓したのは猿への情を賞美したからで、色を好んだからではない。
    如何に美しいからといって絵師風情の娘に懸想する方ではない。
  • 良秀「娘に暇を」の願いをはねつけ、機嫌を損ねる大殿。
    それが4、5回ほど。
    大殿の目はだんだん冷ややかになり、娘は父を案じてか泣くようになった。
    そこで大殿が娘に懸想を、と噂が広まった。
  • 地獄変の屏風の由來は、娘が大殿に従わなかったからという者もいる(次項)。
  • 屏風製作期間中、気鬱になり涙を堪える娘。
    「大殿が従わせようとしているからだ」と評判が立つが、噂がたち消える。
  • なぜ娘を焼いたか?叶わぬ恋の恨みから、という噂が一番多かった。

大殿はなぜ地獄変の屏風を描かせたか?

中には地獄變の屏風の由來も、實は娘が大殿様の御意に從はなかつたからだなどと申すものも居りますが、元よりさやうな事がある筈はございません。
自分のものにならない強情な娘を殺すつもりで依頼した?とも一瞬考えたが、違うなあ。

良秀が「牛車を燃やしてくれ」と頼みに来るかどうかもわからないし、十二章で気鬱になる娘が出てくるが、それは大殿が迫ってるせいだと評判になっている。
噂を信じれば、大殿は依頼後もまだ娘にアプローチをかけている最中。

娘がなかなか思い通りにならないので、「親元に返せ!」とうるさい良秀に仕事を与えて、追い払った? その隙に自分のものにしようと考えたのかもしれない。
けど全然違う理由があるのかもしれないし、憶測だけ。


夜、娘を襲ったのは何者か?

最初は第三者に襲われ、それを知った大殿が「裏切られた」か「横取りされ恥をかいた」か、とにかく娘に恨みが募り、良秀の申し出に乗ったのかと思っていた。

が、やっぱり大殿かもしれないなあ。
娘をずっと贔屓してきて、ある夜とうとう連れ込み襲うが、語り手に発見され失敗。慌てて退散。
失敗だと思ったのは、猿が頭を下げたので。
未遂で終わったことに対し、礼をしたのだと思う。

娘は相手の名を言わず、口惜しそうに唇を噛みながら首をふるだけ。
「口に出して言えない人物」だったのかもしれない。

そして失敗した大殿は、プライドが傷ついたか、もうこの女は望みなしと思ったのか、良秀の申し出にかこつけて娘を消そうと考える。
今のところ一番しっくりくる解釈だが、これも人によるんだろうなー。


良秀も娘を殺すつもりだったのか?

十二章、大殿に申し出る前。
傲慢なあの男が屏風の畫が思ふやうに描けない位の事で、子供らしく泣き出すなどと申すのは隨分異なものでございませんか。
どうしても牛車と女が燃える部分が描けず、描くには大殿に頼むしか無い。
だが頼めば、中に入るのは娘だろう。
その葛藤があって涙していたのだろうか。
ここが『地獄變』で一番気になるところかもしれない。

このシーンは娘が襲われる前なので、もし良秀が「娘が死ぬだろう」と考えているなら、大殿の夜の失態以前に相応の理由があることになる。

自分が大殿の心象を大きく損ねていること。
でもだからといって娘を殺すかというと、情がある常人ならやらないだろう、と思う。

ということは、やはり大殿は常人ではない。
嫌いな人間に嫌がらせをするためなら、その娘の命をも弄びかねない人物だということ。
語り手も「意表のつくことばかりやる」というから、なかなかの危険人物だったんじゃないだろうか。

そしてそれを踏まえた上で、良秀は大殿に申し出た。
「どうか檳榔毛びらうげの車を一輛、私の見てゐる前で、火をかけて頂きたうございまする。さうしてもし出來まするならば――」
女も乗せて、燃やして欲しい。

あらすじだけ読んだ時は大殿が悪人だと考えていたのだが、そういう話ではなかった。
たしかに「焼かれる女」を娘にしようと決めたのは大殿だが、そもそもその図を考えたのも良秀なら、燃えているところが見たいと申し出たのも良秀だ。

そして「娘が犠牲になるかもしれない、しかしそうするしかない」と、涙を流したあの時、感じていたに違いないのだ。娘の命は、良秀次第だった。

絵への執念と、大事な娘を犠牲にすることの、葛藤の話だ。


解釈あそび


色んな風に解釈ができるなら、それで遊んでみるのも面白いかもしれないなーと思って。

「大殿、良秀に嫌がらせをするため、最終的に娘を殺す事も目論み屏風を描かせた説」とか。
これには良秀が牛車を描くこと、燃やしてほしいと言いに来ることがわかってないといけないので、難しいけれど……。

短いのにこんなに遊び場が用意されてるとは。
驚くと同時に、とても楽しかった。

2015-07-15

『孤島の鬼』江戸川乱歩 ★5

孤島の鬼 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)


もう何年も前からお勧めされ積読していたところに別の人からも勧められ、さすがに本を開いた。
読んでみると、評判どおり「超面白い!」。

恋人の死、不可能な殺人事件、異形の者、暗号に隠された秘密、危険を伴う冒険、狂気……
めくるめく展開と怪しげな秘密の開示に、旅行中だったが止めることができず、一気に読んでしまった。

※ネタバレは黒で囲ってあります:      



はじまり

話は、主人公蓑浦みのうらが「なぜ自分はまだ若いのに白髪頭なのか、なぜ妻の体には大きな傷跡が残っているのか、その理由となった奇怪な出来事について語りたい」と述べるところから始まる。

蓑浦は「当時の恋人と、その犯人探しを手伝ってくれた友人が殺された」といきなり衝撃的な体験を語るのだが、それはこの事件の序章にしか過ぎないのだった。

私は他の乱歩本を読んでいないので比較できないのだが、くどくどと遠回しに細やかな注を書き連ねるところが、筆に不慣れだという主人公の性質を表しているようで面白かった。



恋人の死

恋人、初代はつよの亡骸を前にした時の様子を描写し、湿っぽくなったところで彼はこう言う。

こんな泣き言を並べるのがこの記録の目的ではなかったのだ。読者よ、どうか私の愚痴を許してください。

この部分にものすごく感情移入してしまった。
私も自分を抑える癖があるせいかもしれない(なぜブログで饒舌かといえば、現実にはこういう話を話せる人がいないからだ)。

最愛の恋人が、殺されてもう戻ってこない。
そんな時くらい、泣き言言ったっていいじゃないかと、私は泣いた。



奇形

一番心に残ったのは、少女の日記だった。

「自分の体の形を正常だと思っているので、他を異常だと考えていた」
「自分の体が異常だと認識するにつれ、苦しみが増していった」

といった事が書かれている。
知識がつくにつれて苦しむ、というのが切ない。

しかしあの館の中にあっては、異形が正常なんだよね…。
それに、あの人達が目指したものも。


ブログのタイトルもそうだが、私は「怪物」「異形」に関心がある。
昔ランズデールの『アイスマン』を読んでからフリークショーや見世物小屋にも興味をもつようになったが、いまは民俗学とか日本史方面での関心が主で、魅力的な要素ではあるものの、「好奇の目」という意味では特に感情を抱かなかった。

というよりも私はこの手の話題になると「好奇の目」を向けたら失礼ではないかとずっと暗に感じ、罪悪感を抱いてしまうので、そういう関心の持ち方を避けたいというのが本当のところかもしれない。
だがなぜこの本を食い入るように読んだか、例えば事件の性質が違ったとして、それでも同じように夢中になっただろうか。
「好奇の目」と同じか微妙なところだけれど、無意識に惹かれるものがあるのは確かだ。
私はそういう「惹かれてしまう」気持ちをどうすればいいのかにも悩んでしまう。

他の乱歩本を読んで、意識の持ち方を考えてみようかなあ……。



BL

蓑浦とその先輩、諸戸の関係である。
諸戸は同性愛者で、ひたむきに主人公を思い続けている。

どうも描写からすると蓑浦は線が細く「綺麗」な人物で、諸戸はたくましく勇敢、かっこいい人物(おまけに頭もよく金持ち)というから、「こんなんほんとにBLじゃん!ずるいぞ!」って感じだ。

さらに特筆すべきは蓑浦君の小悪魔っぷりである。
彼は諸戸の気持ちには気づいているが、拒まず接している。
のは別にいいのだが、

散歩のときに手を引きあったり、肩を組み合うようなこともあった。それも私は意識してやっていた。時とすると、彼の指先が烈しい情熱をもって私の指をしめつけたりするのだけど、私は無心を粧よそおって、しかし、やや胸をときめかしながら、彼のなすがままに任せた。といって、決して私は彼の手を握り返すことはしなかったのである。

おい蓑浦君、君はなんて酷なことを……。

しかし、ここにあるような関係はあくまで友情の延長だからであって、諸戸がそこから一歩踏みだそうものなら関係は崩れてしまう。それがわかっているから、諸戸は葛藤しつづける。
といって蓑浦は女性が好きなのだし……これは報われぬ恋だ。仕方がないことなのだった。

でも、幕引きの文のせいで、私は諸戸に同情してしまうのだ。

「六道の辻」で水責めにあった時、蓑浦は諸戸に抱きついてたが、あれは内心嬉しかったろうなあ。そのあと精神が弱っていたせいもあったかもしれないが、自分とふたりだけの世界だ、と喜んでいたし。
自分の暗い生い立ち、女性恐怖症になった境遇、途中「主人公諸戸じゃん!」と思うほどの苦難を乗り越えて最後の場面に立ってるだけに、知らぬうちに肩入れしてしまっていた。

はあ、切ないなあ……。

2015-07-13

『十角館の殺人』綾辻行人 ★4

バイトで知り合ったミステリ好きの女性に勧められて。 本好きの人と知り合えるのは嬉しい!


話は「孤島もの」を踏襲した上で展開する「孤島もの」。

外部との連絡手段はなく、迎えの船も数日後、その間に人が死に、残された者は錯乱、憔悴……というようなパターンだが、無人島に乗り込むミステリ研究部員たちはそれを踏まえて

「この状況はまさにクリスティの『そして誰もいなくなった』!」
「招待者が犯人ってパターンだろ」
「そんなのありきたりだね。俺が犯人なら…」
と、犯人のパターンまで挙げてしまう。

結末に関わるようなこと言っちゃって大丈夫か、と思ったけどミステリ好きな読者はそれくらい当然考えるだろうし、だとしたら触れた方が楽しめるかー。
その上で意外な展開にしないといけないんだから、ミステリ作家って大変だ。


メンバーはそれぞれミステリ作家の名前をあだ名にしていて、「エラリイ」が「Q.E.D」を引き合いに出したり、「この私、エラリイ・クイーンに挑戦する者はいないかな」と挑発したり、楽しい。

しかしこんなセリフを吐けるとは、「エラリイ」はどんだけ自分に酔ってるんだか。
おもろい人。
1番好感もったのは医学部のポウでした。


部員らの事件とは別に、島で起きた過去の殺人事件も絡むが、こちらの真相に近づく過程の方がぐいぐい引き込まれた。
犯人が判明する瞬間目がまんまるになったので、それだけでもう、読んでよかった。


※以下結末のネタバレあり。












前置きが長くて「いつ人が死ぬんだろう」と思ってたら、一旦始まれば早かった。
あまりにコロコロ死ぬので、みんな演技で担いでるんじゃないかと疑うくらい。
命が石ころのようだ。

千織の死が動機として、なんで親友のオルツィまで殺さなならんのだ、と憤りも感じた。
追悼の気持ちまで踏みにじるとは。
アガサの死で吐き気を催したのは演技じゃなさそうだが、だとしても犯人に同情の余地はないなあ。

犯人がわかった時はかなりびっくりした。
「お前がヴァンか……!!」口ポカーン。
モーリス・ルブランだと思うじゃないか~!!
叙述トリックってのかな、だまされた!!

あとはー、探偵役の島田の存在が中途半端に感じた。
最後なぜ犯人がわかったんだろう。
幕引きも結局手紙に書いた自供だからなあ。

エラリイについて。
最初自信過剰で好きじゃなかったんだけど、あれだけ偉そうだったのに、最後生き残って人の出入りが無さそうな地下室を通ってもまだ見当違いの犯人を追ってたので、「かわいそすぎるだろ!」と。憐憫とも愛着ともつかない気持ちがわいてしまった。
死んじゃったけどさ…。良いキャラだ。