2015-03-16

映画『アメリカン・スナイパー』★4



※以下ネタバレあり。





感想


「伝説の狙撃手」と言われるクリス・カイルの生涯を追った作品。
4回のイラク派遣とアメリカでの日常を淡々と切り取ったような映画。
悲哀・感動演出なし。
といっても、子供を戦争の道具に使うのは悲しいし、出産には喜びがある。
演出でそう見せるんじゃなく、事実としての悲哀や喜びを映している。そういう感じ。


人間には悪に染まりやすい羊、悪である狼、悪をくじき羊を助ける牧羊犬の3種類があり、牧羊犬にならなくてはならないと躾けられた幼少期。
ロデオに明け暮れたカウボーイ時代。
そしてある時TVで爆発事件の悲惨な様子を目にし、愛国心を胸にSEALsへ志願する。

過酷な訓練、妻との出会い、9.11の同時多発テロ、結婚、そして派兵決定。
戦場では狙撃手として兵を援護する任務に就くが、スコープには男だけじゃなく、女子供まで仲間を殺しにやってくる現状が映る。母子射殺後の「思っていたものと違った」感触。
しかし彼は名手として名を馳せていく。

敵の居所を掴むために家屋を捜索、手がかりを知る一家の長を捕えるが敵に襲撃を受ける。
敵の名スナイパーに足止めを食らっている間、彼の息子がドリルで肉をえぐられ、長は射殺されてしまう。
「密告者には死を」
国のためにと戦ってきたクリスだが、こうした出来事で怒りや使命感がさらに高まっていく。


極限の緊張の中を過ごしたあと、クリスは帰国し出産に立ち会う。
戦場の様子がリアルなので視聴側も、本国のシーンではほっとしたと思う。
でも赤ちゃん抱き上げるシーンは作り物っぽさを感じたなあ。

妻には戦場での出来事を話さないクリス。あまりに悲惨な事なので気を遣っている。
またはあの極限状態をこの場で思い出したくない、という理由もあるかもしれない。

無事で帰ってきてほしい、できればずっとアメリカに留まってほしい、と願う妻だが使命感をもつクリスはそうできない。
家にいても機械音に反応する、戦場の子供の声が聞こえるなどPTSDの兆候が見え、心はイラクにある様子。
次第にふたりの感覚はすれ違い、溝が深くなっていく。


仲間がこの派兵を「電気の通った柵を握り、いつまで我慢できるか」と例えたことが、理解できない様子のクリス。
彼の弟もイラクに駆り出されるが、「糞だ!(行きたくない)」と抗う態度に少なからず衝撃を受ける。
クリス自身は「国のため、仲間のためになるなら当然」というような、まったく疑問なく任務に就ける人間であり、純粋な英雄志向。
しかし戦争は彼を着実に、平和な世界に戻れないような体に変えていった。
使命感のほか、仲間の死傷、敵を討つといった感情も彼を戦地に縛り付ける。

ちなみに「手柄を増やし自慢したい」といった行動原理は彼の心にはなかったようだ。
「レジェンド」と褒めそやされても、誇りの滲み出る笑顔や優越感が顔を出すそぶりはない。
彼にしてみれば「任務を遂行しているだけ」だったんだろう。
そのせいか、本国で出会った「あなたは命の恩人だ!」と言う兵士に対しても、なんだかぎこちない態度。


というわけですっかり戦争に取り憑かれてるクリスだったが、そんな彼に対する疑義が仲間や妻によってもたらされ、それが少しずつだが影響を与えていった(と思う)。
最初は子供を躊躇なく撃ってたのが、RPGを拾おうとする少年に「持つな……持つな!」と必死に願うまでに変化した。

だけど……
結局帰国を決心したのは、相手スナイパーを倒し敵討ち完了、そして絶体絶命に陥り、自分の死を覚悟してからだしなあ……。
そうまでならないと、この人は変わらなかったのか、と感じもするのだった。

砂嵐中の映像はすごかったなあ……あの視界のなさ、敵味方入り乱れ無我夢中で撃ち、逃げる様は、くぐもったリアルな体感もあってスゴイと思った。


そしてクリスは帰国。
PTSDと思われる症状で犬に殴りかかり、寸前で妻に止められる。
本人は治療の意思などさらさらなかったが、病院で他の帰還兵(手足を損傷)を紹介され、彼らの為にできることはないか、と新たな道を歩き始める。

さらに故郷テキサスに引越し、子供たちとのんびり馬を見たり、狩りをしたり……昔を思い出すような体験。
どうやら治療も順調なのか、妻をからかうくらい気も確かになり、「あなたが戻ってきた」と心から喜ぶ妻。

そしてその日、PTSDに悩む帰還兵の助力になろうとクリスは家を出た。
クリスは元兵士に殺され、帰らぬ人となる。


英雄気質のクリスを見て、彼が「アメリカ人」を象徴しているとは多くの人が思うだろうけど、彼は任務について「邪悪な奴らが自国で悪さをしないよう防いでる」と言っていた。
その彼が自国で、しかも病んだ自国民によって、殺されてしまったのだ。

守られていたはずの自国に、その「危険」はどうやってもたらされたのか……って考えると、皮肉というか、この映画が言いたいことが、見えてくるような気がした。


最後の威風堂々たる葬列の様子。
映像はわからないが、写真は当時を撮影した実際のものなんだろう。
クリス・カイルへの追悼と共に、映画で提起されている問題の数々が、いまだ解決を見ない現実のものなのだと思わされる。



関連




0 件のコメント: