2015-01-18

『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』 米原万里 ★4

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (文芸シリーズ)
タイトルに惹かれて購入。
作者が在プラハ・ソビエト学校に通っていた頃の、友達との思い出を軸にしたエッセイ。

3篇で構成されていて、私が世界史の教科書で学んできた「共産主義」「革命」「紛争」といった「出来事」の、その「中」で生きてきた人達の豊かな、時に厳しい話だった。

といって難しいわけでもなく、語りが軽妙なおかげでとても読みやすい。
2日くらいで読んでしまったんじゃないだろうか。

特に心に残ったのは3つ目「白い都のヤスミンカ」。

2つ目までは「面白いけど、そこまで評判になるほどかなあ」と思ってたけど、最後の1篇では国同士の緊張状態が学校に波及していく話、親友ヤースナやその親族の住む町が紛争地帯になってしまう話を含め、色々と考えさせられた。



引用とメモ


/は略
「日本はモンスーン気候帯に所在」
 という記述を見つけて、自然と顔がほころぶのを抑えきれなかったのである。/……今書き進みながら思う。なんとたわいのない!
 それでも、このときのナショナリズム体験は、私に教えてくれた。異国、異文化、異邦人に接した時、人は自己を自己たらしめ、他者と隔てる全てのものを確認しようと躍起になる。/一種の自己保全本能、自己肯定本能のようなものではないだろうか。
p119

「だいたい抽象的な人類の一員なんて、この世に一人も存在しないのよ。誰もが、地球上の具体的な場所で、具体的な時間に、何らかの民族に属する親たちから生まれ、具体的な文化や気候条件のもとで、何らかの言語を母語として育つ。どの人にも、まるで大海の一滴の水のように、母なる文化と言語が息づいている。母国の歴史が背後霊のように絡みついている。」
p182
アーニャの誠実顔。嘘をつくときの顔。
自国の惨状を、にも関わらず自分が富を享受してきた者だってことを、本当は気づいてるけど、「狭い民族主義」と誤魔化している。
自分にも嘘をついているのかな。


 毎日、ソ連人の子どもたちと机を並べて学んでいた私は、ソ連共産党機関紙『プラウダ』と日本から半月遅れで届く日本共産党機関紙『アカハタ』とを目を皿にして読み較べた。お互いを罵り合う、その憎悪の激しさにショックを受けた。
 十三歳の少女の目から見ても奇異に映ったのは、双方、相手の書簡や論文を掲載せずに、つまり読者の目からは隠したまま、その内容を口を極めて非難していることだった。
p204
この部分は自分にも思い当たる記憶がある。
中学の頃だろうか、とある宗教新聞を目にする機会があった。
それには敵対する宗教への罵詈雑言を載せるコーナーがあり、私は子どもながらびっくりしたものだ。「道徳を説く人たちが作り、見ているものなのに、こういう記事を毎回載せることに誰も疑問を抱かないのだろうか?」と。


ヤースナが学校を辞めた話。p233
p258にあるディズダレービッチ・ライフの紳士録を読むと、「自主管理労組」は自分の父親が心血注いでやってた事だったんだね。それを馬鹿にされたら、そりゃ頭にくるだろうなあ…。


最初、表題の「赤」は嘘つきの色と、共産主義の色とかけてるんかなーと考えてたんだけど、3篇合わせて見るとタイトルの色は「青、赤、白」。
どういう意味か首をひねってたら、こちらのレビューに「赤富士」と書かれてた。
表題が「赤」なのも、富士の色だからか~。なるほどでした。


検索:プラハの春チャウシェスクユーゴスラヴィア紛争


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左:ナウハイム
右:旧ユーゴ、ノーヴィサード


セルビア北部がボイボディナ自治州


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